放浪記

何気ないようで、やっぱり何気ない。そんな日常を綴っていきます。

4月14日

4月に入って、たくさんたくさん読書をしました。それによって私の頭は以前と比べてかなりガチガチに情報が詰め込まれた、張り詰めた脳みそになり、頭蓋骨の窮屈さ、私自身の価値観の狭苦しさに耐え難いものとなっております。

インプットの弊害がここにきているというわけです。しかし世の中には、国立大学を目指す受験生や、毎日をクリエイティブに稼働している芸術家など、頭を働かせている人は沢山います。彼らは、どうして頭がパンクすることもなくやってのけるのか、不思議ですね。

人間、不思議なことがたくさんあるのです。皆それぞれが同じ性能を持つ肉体と精神を与えられてきたはずなのに、その後の生活によって、人生の歩み方は千差万別の違いを設けています。

私の生き方もまた私にしか生き方であり、そのほかの人たちもそれぞれに違う花が咲いているのです。

それをどうやって、他人にわかってもらうことができるというのでしょうか。共感なんてものは私自身スピリチュアルと同等のレベルとして信じがたく、人が感動するのは何かの思い違いであり、だからこそ人にはその価値がある、素晴らしい生き物なのではないかと思うわけです。

私はアウトプットの練習が必要なのでしょう。今こうして文章を書いていても、どこか脳みその情報出入り口に栓が詰まっているような形でして、何か出し惜しみのようなものしか湧いてこないわけです。はがゆくて、もやもやします。

練習あるのみですね。